「紹興酒を楽しむ会」での挨拶

宮下酒造株式会社
社長 宮下附一竜

 紹興市委員会書記馬衛光様、紹興酒メーカー「古越龍山」の銭肖華会長をはじめ、多くの中国と日本のご来賓の皆様をお迎えして、盛大に「紹興酒を楽しむ会」が京都において開催されましたことを心よりお祝い申し上げます。また、本席にご招待いただき、先ほど私どもと「中国の黄酒と日本の清酒との文化交流の促進のための協力枠組」が調印されましたことを大変光栄なこととうれしく思います。

 私は宮下附一竜と申しまして、岡山市において日本酒を製造している者ですが、本日は少し黄酒と日本酒の繋がりについてお話をさせていただきたいと思います。

皆様ご案内のとおり、日本酒のルーツは中国の黄酒といわれていますのでその理由を考えてみたいと思います。

1.日本酒の原料であるお米は、今からおよそ2600年前ごろに中国から伝播したと言われています。日本最古の水田耕作の跡が佐賀県の菜畑遺跡から見つかっています。

2.日本への渡来ルートはいろいろ考えられますが、水耕稲作の起源は長江中流域において8500年前まで遡ることができると言われています。

3.東アジアにおいて3200年前気候の寒冷化の時代となり、北方から南へ畑作牧畜民の民族大移動が起こり、長江周辺にいた稲作漁撈民は東南アジアや南太平洋や日本などに集団移住したと考えられています。これらの江南人が日本に水耕稲作文化をもたらしたと考えられます。

4.当時中国(周時代)ではすでに米を原料とした麴蘖による酒造りが行われており、これらの技術が水耕稲作とセットで日本に入ってきたと思われます。

5.日本においては、豊作を祈るための宗教儀式として酒をつくり神前にささげたと思えます。

6.その後、お米を選んだ日本人は、日本独自の酒造技術を磨き、中国の小麦を使った餅麹や草麹などの酒造技術に影響を受けることはなかったといえます。

7.以上簡単に説明させていただきましたように、長江文明の一つである黄酒の酒造技術が米と一緒に伝わり、日本人によって日本の環境に適応するように改善が続けられ、今日の日本酒が誕生したと考えられます。

8.まだまだ不明な点がたくさんありますので、今後とも日本酒と紹興酒の文化交流を通じて、一層この関係を明らかにしていきたいと考えています。

 終わりに、日本と中国の友好親善が、酒文化の交流を通じて、一層深まりますように尽力させていただくことをお誓い申し上げ、私の話を終わらせていただきます。

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