JBAと海外交流(2001年8月号)

全国地ビール醸造者協議会
会長 宮下 附一竜

 今般JBA(全国地ビール醸造者協議会)のホームページに、「JBAと海外交流」と題して書かしていただきましたので、 その原稿の要旨を8月のトピックスとしてお話させていただきます。

 まず、日本における地ビールの誕生は、1994年4月の規制緩和によって製造最低数量が2000klから60klに下げられたことに始まります。 しかし、アメリカにおいては、すでにカーター大統領の頃より規制緩和が行われ、日本より10年以上も早く地ビールの動きが始まっていました。

 そこで、1999年3月、日本における唯一の地ビール業者の全国組織であるJBAが設立されたのを機に、 同年9月にアメリカの地ビールの団体であるBAA(The BRewers Association of America)を総勢15名で訪問いたしました。

 この時の会談内容については、詳しく報告書にまとめていますので、関心のある方はJBA事務局までご連絡ください。 その報告書にも書きましたが、BAAの訪問は予想以上の成果を得ることができ、JBAの減税運動の正当性に自信を持つことができました。

 また、BAAよりカナダ醸造者協会発行の「Alcoholic Beverage Taxation and Control Policies」という資料を紹介され、 世界の酒税制度について知識をもつことができました。

 例えば、日本の大蔵省は1990年カナダがアメリカの中小業者に対する減税措置をガット違反として提訴した例をあげて、 日本の地ビールに対する減税は認められないと主張していました。 そこで、カナダの醸造者協会へ問い合わせたところ、カナダの業者も今ではアメリカと同じような制度を政府に要請しているとのことでした。

 また、同じようにイギリスでは、SIBA(The Society of Independent BRewers)という中小業者の組織がありますが、 SIBAはイギリス政府に対してドイツのような規模別累進酒税制度の実現を要請しています。 本年9月には、JBAの視察団としてこのSIBAを訪問し、幹部の方と会談する予定になっています。 その成果につきましては後にご報告する機会があると思います。

 ところで次に、ビールの本場であるドイツとの交流についてお話しなくてはなりません。 2000年の10月JBAが主催して「ジャパン・ビア・グランプリ2000」を開催いたしました。 このビア・コンテストはドイツの基準によって審査しようというものでした。

 そこで、世界的権威であるミュンヘン工科大学のドクター・ガイガー教授とデーメンスビール醸造大学校長のドクター・シュテムペル氏を招聘し、ビールの化学分析審査と官能審査を実施いたしました。 両氏は今後とも日本の地ビール発展のために力を貸してくださることと思います。

 まだまだ、書き足らないことがたくさんありますが、日本の地ビールが世界の地ビールと交流を深めることによって、ますます発展することを心より念願いたしまして、今回のお話はこれで終わります。

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