2003年5月8日木曜日 日本経済新聞 宮下酒造 清酒、発泡タイプ投入 若者や女性向け 清涼感で需要喚起

宮下酒造 清酒、発泡タイプ投入

 日本酒メーカーの宮下酒造(岡山市、宮下附一竜社長)は発泡清酒事業に進出する。 清酒に炭酸ガスを吹き込み、リンゴ酸を出す酵母で造った微発泡純米吟醸「Happish(ハピッシュ)」を八日に発売、清涼感を前面に出し若者や女性向けに売り込む。 新規分野への参入で、低迷する日本酒の需要喚起を狙う。

 ハピッシュは瓶詰めした清酒に炭酸ガスを吹き込んで造った。 発泡清酒は瓶内の二次発酵で炭酸ガスを発生させることが多いが、発酵後に酵母からアミノ酸が出て味が濃くなったり、酵母臭がついたりするという。 宮下酒造は地ビールの製造技術を応用し瓶への充てん時などに炭酸ガスを注入。ビールより少ない泡立ちで飲みやすくした。

 粒が大きい岡山特産の雄町米(おまちまい)を使い、アルコール分は一三%と同社製の清酒(一五%が主)よりやや低め。 リンゴ酸を造る酵母を使い、甘酸っぱさを出した。 「和製シャンパン」との位置づけから細めの瓶を使用、パーティーなどでの需要を見込む。 5百ミリリットル入りで価格は千円。インターネット直販などで千本を販売する。

 同社は一九九五年七月に地ビール事業に参入。 全国的なブームからピーク時は年六百五十キロリットルを販売したが、現在は四分の一にまで減少。 焼酎人気で日本酒の販売も減り、昨年十月から発泡清酒の開発を始めた。 日本酒造組合中央会によると、全国で約三十社以上が製造しているという。

 宮下社長は「日本酒の需要を呼び起こすために、清酒離れが進んでいるとされる若者や女性を取り込みたい」と話している。

こしき倒し(2003年5月)

宮下酒造株式会社 企画研究部

 今日5月15日をもってついに平成14年度の清酒製造の仕込みが終わりました。 平成14年9月30日から始まった酒造りですが、大きなトラブルなく無事終了することができたことは大変喜ばしいことです。

 今年度の酒造りから本格的にスタートした「社員による酒造り」ですが、当社杜氏である中浜昭夫氏(備中杜氏)の指導のもと、 頭(かしら)の三宅民夫氏にサポートしていただき、製造社員6名(清酒製造主任1名、麹係り1名、酒母係り1名、仕込み係り1名、調整係り1名、分析係り1名)が一丸となって酒造りに取り組んだおかげで、 不慣れな点も多々ありましたが、無事に「こしき倒し※」を迎えることができました。


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平成十五年度 経営方針(2003年5月号)

「信頼される会社を作ろう」
― Change is Chance ―

宮下酒造株式会社
社長 宮下附一竜

  1. 人づくり
    1. 人材を集め、実力のある社員を育てる
    2. 自分で判断できる強い社員集団をつくる
    3. 経営者の考え方を伝え、全社員が一丸となって進んで行く
  2. 物づくり
    1. 一味違う商品を作る
    2. こだわりに徹する
    3. 新しさ、個性を尊重する
  3. 金づくり
    1. ムダを省き、節約をする
    2. 利益を第一に考える
    3. 借金を早く返済する
  4. 顧客づくり
    1. 心のこもったサービスをする
    2. 俊敏な対応をする
    3. 地域密着でいく
    4. ソリューション営業をめざす
  5. 信頼づくり
    1. 約束を守る
    2. お客さまのお役に立とう
    3. お客さまに喜んでいただこう(Customer Delight)
    4. 先義後利

母との約束(2003年4月号)

宮下酒造株式会社
社長 宮下附一竜

 昭和四十一年五月、十九歳だった私は、父を交通事故で突然亡くしました。 遺影は私の部屋に掛けていますが、毎日ながめながら享年五十三歳で亡くなった父より、私のほうが年を取ってしまったことに感慨をおぼえています。 父の通夜の夜、母が私を呼び、酒屋の跡を取るように言いました。


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2003年3月21日金曜日 PM7:00~、OHK放送

 ニョッキン7の「できたて!とりたて!ここだけ!春の東岡山!」で 「純米大吟醸雄町米 斗瓶どり」のしぼる様子が取り上げられました。 出演はタレントの内山信二さんとアナウンサーの安藤久美子さん。雄町の冷泉と雄町米のハーモニー!五感をうならせる大吟醸(「純米大吟醸雄町米 斗瓶どり」)に出逢う!

経営革新のプロセス(2003年3月号)

宮下酒造株式会社
社長 宮下附一竜

 宮下酒造(株)では、平成十二年八月に経営革新支援法による経営革新計画の承認を受けており、現在その計画を実施に移している最中です。 まさに実行中であり、その成果を今評価することはできませんが、少しずつ行動の革新が、企業体質の変化につながりつつあるように思っています。


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備前児島酒(2003年2月号)

宮下酒造株式会社
社長 宮下附一竜

 今回は城下町の銘酒として有名になっていた「備前児島酒」について、加藤百一氏の「城下町の銘酒」(日本醸造協会誌第九七巻第十号)を参考にして書きます。

 「備前児島酒」というブランド名が最初にでてくるのは、宇喜多秀家から「児島大樽」を拝領したという「鹿苑日録」(一五九七年三月二二日条)の記事であるといわれています。 鹿苑日録は鹿苑院の歴代僧録の日記を集めたものです。 また、その他の史料にも見られますので、「備前児島酒」が京において銘酒として知られていたことが推察できます。


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