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▼ 岡山城 備前国邑久郡から起こった宇喜多直家が、岡山の地・石山にあった岡山城の前身にあたる 城砦に入場したのは、天正元年(1573)の秋でした。石山の城はこの地の豪族であった金光氏の小城に過ぎませんでしたが、 直家は、この城を大改築して居城とし、城下町の経営に着手し岡山繁栄の基礎を作りました。 その子八郎秀家は、天正18年(1590)秀吉の意見に従い、石山の東「岡山」に本丸を移し城郭の拡張整備を開始し、 慶長2年(1597)天守閣が落成するにおよんで城普請は完成しました。これが豪壮きわまりない石垣と内堀を今に残す岡山城本丸です。 秀家の築いた天守閣は、二階建ての建物を大中小の三つに重ねた3層6階の構造で、 外壁の下見板が黒塗りであったことから「烏城(うじょう)」の別名があります。 この天守閣は、昭和6年に国宝に指定されましたが、第二次世界大戦による昭和20年(1945)6月29日の、市街地空襲により消失しました。 現在の天守閣は、昭和41年(1966)11月に鉄筋コンクリート造りで再建されたもので、概観は全く旧来の通り復元されています。
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